実在しない人物たちの図鑑。
真実の保証人が交代する現場の、標本採集。
An atlas of people who do not exist.
Specimens from the site where truth is changing guarantors.
『The Unchosen』は、実在しない人物たちの図鑑である。各人物は実在の統計と記録にもとづいて設計され、顔と経歴の文書を与えられ、識別コードのもとに管理される。国勢調査や人口登録簿——人間を分類し、見られる資格を配分してきた制度——と同じ形式で。分類を批評するために、この作品は分類する。
Statement
AIが生成する顔が、学習データの偏りを反映することは、すでに広く知られている。この作品の問いは、その先にある。
『The Unchosen』は、実在しない人物たちの図鑑である。それぞれの人物は、地域、階級、宗教、教育、労働——実在する統計と記録にもとづいて設計され、顔を与えられ、経歴の文書を与えられ、識別コードのもとに管理されている。現在120人。300人を目標としているが、原理的に、この図鑑に終わりはない。
たとえばF.02。かつて人口登録法が「Coloured」と分類した家系に生まれ、いまは公共図書館の書庫で、書物に分類コードを与える仕事をしている。制度が用意した性別の欄は二つだが、そのどちらにも自分を置いていない。——この司書は存在しない。だが、この人物を成立させている制度、歴史、統計は、すべて実在する。
台帳という形式は、意図して選ばれている。識別番号、地域コード、黒塗りのプロフィール。それは国勢調査や人口登録簿——人間を分類し、見られる資格を配分してきた制度——と同じ形式である。分類を批評するために、この作品は分類する。この台帳は、それが批評する制度の複製である。
生成にあたって、演出はほとんど加えられていない。同じ構図、同じ背景、抑制された佇まい。生きている人間を撮るときと同じ作法で、存在しない人物に臨んでいる。
ここからは、一人称で書く。
私は26年、広告映像の演出家として「好ましい顔」を選ぶ側で働き、写真作家として400人を超えるポートレートを撮ってきた。撮影で信じてきたのは、被写体と向き合った瞬間の直感である。そしてその直感が当たっているかどうかは、目の前にいる本人が保証してくれた。
生成には、本人がいない。プロファイルにもとづいて生成を繰り返すと、奇妙なことが起きる。どの変奏も、成立してしまうのだ。並べられた候補は、全員が「その人」に見える。実写では決して起きないことである。それでも私は、撮影で養った直感で一枚を選ぶ——「あ、この人だ」と。だが、その直感を照合すべき相手は、どこにもいない。あるのは、私自身が書いた書類だけだ。真実の検証先が、目の前の人間から、蓄積された情報との整合へ。私の手つきの中で、それはすでに移っていた。
私はこのことに驚いていない。理由は、第二部に書く。
この1年あまり、私はこれらの肖像が生成物であることを告げずに発表してきた。隠すためではない。「AIポートレート」と名乗った瞬間、この作品はAIというジャンルの内側に収まり、批評しようとしている肖像の制度の外側に出てしまうからだ。批評は、対象の内側でしか作動しない。
この1年は、結果としてひとつの観察になった。AIではないかと疑いながら見ていた人も、いただろう。だが、疑いは見ることを止めなかった。真贋の判定がどちらに転んでも、これらの顔は肖像として受け取られ、読まれ、ときに共感された。真実の担保がなくても、信懑は作動する。この事実こそ、本作が記録しようとしているものである。
写真の真実は、「それがそこにあった」という対応が保証してきた。いま立ち上がりつつある真実は、「蓄積されたすべてと矛盾しない」という整合が保証する。そして、その「すべて」は中立の記録ではない。撮り溜められ、選ばれ、流通してきたもの——選ばれた者たち(chosen)の集積である。
この体制のもとでは、アーカイヴに薄い者は、単に表象されないだけでは済まない。真実になりにくい存在になる。
この図鑑が写しているのは、周縁を生きる人々ではない。中心が周縁をどう想像しているか——その想像の解像度と、その痩せ方である。
The Unchosenは、真実の保証人が交代する現場の、標本採集である。
私は小学2年から病気を抱えていた。3年と4年の長期休みは病院で過ごし、いちばん長い入院は4年の夏、2ヶ月半に及んだ。その病室で、私は同室の中学生が描く絵を見続けていた。彼は毎日屋上にあがり、私には見ることのできない外の世界を描いた。一枚が完成すると、また新しい構図が一から始まった。その反復を、私はベッドから見ていた。彼は、亡くなった。
同じ数年のあいだ、体調のよい時期を、私は祖父の住む山奥の家で過ごした。療養を兼ねたその山で、私は一頭の蝶に出会い、標本づくりに没頭した。展翅板の上に翅を広げ、同じ種を並べ、見比べる。同じに見える模様のなかに、わずかな差異があった。世界は、気づかれない違いに満ちている。
病室と山。世界を、誰かが描いたものを通してしか受け取れない場所と、自分の手で捕まえ、並べ、見比べることのできた場所。私の視覚は、この二つの部屋から始まっている。
写真集『A FROZEN BUTTERFLY』を評して、オランダ写真美術館のキュレーター、フリッツ・ヒールスベルフは、本の中のある一枚に足を止めた。透明な樹脂に封じられた蝶。美しく翅を広げ、もう生きてはいない。彼はそこに「見えるものを現実そのものと信じるな」という警告を読み、写真とは、作者が鑑賞のために作り出した世界であると書いた。
The Unchosenの肖像たちは、あの蝶の続きである。美しく整えられ、鑑賞のために封入され、生きてはいない。私は30年前から標本の作家だった。変わったのは、封入剤だけである。
いま私は、行ったことのない土地の、会うことのできない人々の肖像を、描いては次を始めている。そして私たちは誰もが、学習データという「誰かが撮り溜めた世界」越しにしか、周縁を見ていない。私はその条件を、批評として選ぶより先に、生の条件として知っていた。
キャリアは3DCGから始めた。物理世界を計算で再構築する仕事である。リアリティが素材と手続きから組み上げられるものであることを、私は制作の側から学んだ。写真と映像に軸足を移してからも、この認識は消えなかった。『Tangent Point』では目に見えない力を、『A FROZEN BUTTERFLY』では見過ごされる差異を扱った。私の主題は一貫して、知覚の制度——世界がどのように「見えるもの」になるか——である。
だから、生成AIの登場に私は驚かなかった。もっともらしさが計算で作れることは、30年前から仕事場の日常だった。写真の真実が揺らぐという現在の騒がしさは、私には、長く見えていた景色の到着に見える。騒ぐことではなく、記録すべきことだと思った。
図鑑は続いていく。理想は、生成し続けることだと思っている。収集は、私にとって表現の手段である以前に、世界の見方である。並べ、見比べ、わずかな差異のなかに、選ばれたものと選ばれなかったものの境界を探すこと。
蝶の翅から始まった観察は、まだ終わっていない。
Method
一人の人物は、統計から始まる。地域の人口構成、産業、宗教の分布、教育、労働の形態——実在する記録を読み、条件の束として人物を設計する。この地域の、この階級の、この教育を受けた、この仕事をしている誰か。名前より先に、制度上の座標が与えられる。原則はひとつ:個人としては誰でもなく、構造としては正確であること。
【仮】黒塗りプロフィール/タイポグラフィラベル 1点(長辺1600px)
プロファイルにもとづき、顔を繰り返し生成する。一回では終わらない。だが、並んだ変奏はそのどれもが「その人」に見える。実写のポートレートでは決して起きないことだ。私は400人以上を撮ってきた直感で、一枚を選ぶ。その直感を照合すべき本人は、しかし、存在しない。あるのは私自身が書いた書類だけである。選択のたびに、真実の検証先が「目の前の人間」から「蓄積との整合」へ移っていることが、手の中で確かめられる。
選ばれなかった変奏は、破棄されず、すべて保存されている。
【仮】完成ポートレート・例1(グリッドと同縦横比)
【仮】完成ポートレート・例2(グリッドと同縦横比)
各人物には文書が付属する。第三者の視点で書かれた記録の文体の記事(N)と、本人の声で書かれたエッセイ(E)。事実の記述と、内面の語り——肖像が歴史的に依拠してきた二つの信懑の形式を、それぞれ仮構する。プロフィールは一部が黒塗りされ、識別コードを付され、台帳に登録される。文書もまた、顔と同じく、実在の記録ではない。記録という形式の複製である。
【仮】N記事 紙面(1点)
【仮】E-essay 紙面(1点)
生成された人物にも、生きている人間を撮るときと同じ作法で臨む。同一の構図、同一の背景、演出の抑制。撮影と生成を分け隔てない、この等価の作法によってのみ、両者のあいだのただ一つの差異——照合すべき本人の不在——が、正確に露出する。
【仮】人物A(同一構図・同一背景)
【仮】人物B(同一構図・照合すべき本人不在)
Artist
松本卓也|映像ディレクター・写真作家。3DCGからキャリアを始め、広告映像の演出家として26年、並行して写真作家として活動。キヤノン写真新世紀 優秀賞、Getty Imagesコンペティション グランプリ、文化庁メディア芸術祭 推薦作品。写真集『A FROZEN BUTTERFLY』(Canon, 2021)にはオランダ写真美術館キュレーターのフリッツ・ヒールスベルフが寄稿。一貫した主題は、知覚の制度——世界がどのように「見えるもの」になるか。
【仮】過去の展示風景 1〜2点(A FROZEN BUTTERFLY展 インスタレーションビュー。/art から流用)