<良いは技術によって壊される> 1話:「 良い」がわからなくなった日

Black silhouette of a person holding a heart-shaped balloon.
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<良いは技術によって壊される> 1話:「 良い」がわからなくなった日

僕が映像の仕事を始めたのは、まだテレビが4:3で、電波もアナログだった頃だ。

最初に関わったのは、アース製薬のCMだった。

当時の僕の席には、4:3のマスモニがぽつんと置かれていた。キャリアのスタートはCGだったけれど、僕らのチームはCGだけを孤立してつくる場所じゃなくて、最初から実写との合成が前提だった。撮影現場から届いたフィルムの素材に、いかにリアルなCGを馴染ませていくか。VFXと泥臭くセットになった仕事だ。

あの頃のブラウン管が映し出す世界は、今思えば、どこか映画のフィルム(シネルック)に近い手触りがあった。色はもう少しシックで、しっとりと落ち着いていた。

理由は至ってシンプルで、当時の放送波が乗せられる色の範囲が、今よりずっと狭かったからだ。テレシネされた素材も、ビデオカメラの絵も、最終的にはブラウン管が出せる「安全な範囲」に収まるように作られていた。みんな、その決められた枠の中で、どう絵を成立させるかをやっていた。コンピューターから吐き出されるCGは、RGBのままだと彩度が高すぎる。だから僕らは、わざわざその彩度をぐっと落として、実写のトーンに寄せていた。

当時の僕らにとって、リアルであることとは、つまり「周りに合わせて色の再現度を下げること」だった。それから数年が経ち、デジタル放送がやってきた。画面は16:9へと横に広がった。

デジタル放送と液晶テレビの登場は、それまでの絵づくりの前提を根底からひっくり返した。

電子ビームで蛍光体を光らせていたブラウン管とは違い、液晶は後ろからバックライトの光を透過させる。明るく、鮮やかで、ノイズひとつない。

すると突然、世のの正義が「鮮やかさ」へと舵を切った。昨日まで「リアル」や「高品質」を謳っていたテレビメーカーが、競うように「赤がビビッド!」「青が強い」と、カラフルさをアピールし始めたのだ。正直、面食らった。

あの、しっとりとしたシネルックの美学は、一体どこへ行ったのだろう。デジタルが出始めた頃、僕にはその絵の何が良いのか、1mmも分からなかった。あるのはただ、強烈な違和感だけだった。

そんなタイミングで舞い込んできたのが、パナソニックのテレビの仕事だった。ビエラという新型デジタルテレビが白い空間にぽつんと置かれていて、その前に女優さんがってい座る。広角レンズを積んだクレーンカメラがすーっと引いていくと、いつの間にか空間全体が一面の花畑へと変わっていく。今思えばまだ荒削りなモーションコントロールカメラと、CGを組み合わせた表現だった。

ここで、僕は手痛い洗礼を受けることになる。テレビが自慢する「ビビッドな赤」を引き出すために、今度はCG側の彩度を限界まで上げてくれ、と言われたのだ。昨日まで「彩度を落とすことこそがリアルだ」と信じて疑わなかった指先で、真逆の数値を打ち込んでいく歪さ。

しかも、現場にあるマスモニが新しすぎて、色の基準がまったくあてにならない。仕方がなく、スタジオに本物のビエラを持ち込んで直接色を合わせることにした。けれどその液晶画面は、メーカーのチューニング次第で、いくらでも派手に絵を書き換えてしまう。

数値としての基準もない。自分の培ってきた感覚の針も揺れる。今まで養ってきた色の感覚が全く通用しないどころか、視覚的に色酔いをするような状態。

何が良いのかが本気で分からないまま、スタジオの片隅で、ただ静かに頭を抱えていた。人間の「良い」という基準そのものが、あのとき一回、音を立てて壊れたのだと思う。


第2話に続く

Start from the Premise.

抽象的なビジョンを、強固な「視覚の構造」へと翻訳する。

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Night sky filled with countless stars and the Milky Way galaxy visible above a dark silhouette of trees.
Young woman in a light dress looking up against a clear blue sky.
Silhouettes of two people on a rocky hill during a colorful sunset with a starry sky.
Hand reaching towards bright sunlight with blurred green foliage in the background.

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