境界にいるということ

Black silhouette of a person holding a heart-shaped balloon.
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境界にいるということ

境界に立つ

境界に立つ。これは僕が作品を作り始めた頃から意識してきたことだ。

企画、撮影、編集。この業界には明確な土地があり、職人が自分の土地を守ることで品質は保たれてきた。僕はその土地を疑わない。だが、その明確なラインが解釈で企画を摩耗させる瞬間がある。そんな瞬間を現場で何度も見てきた。

だから僕は境界に立つ。設計の軸を一本に揃え、最後まで通し続けるために。

そして今、その摩耗は工程の境目だけでなく、制作の入口そのものにも起き始めている。

「もっともらしさ」という停滞

ネットを覗けば、AIが叩き出した「それっぽい」ビジュアルが溢れている。驚くべき速度で、破綻のない画が手に入る。広告の現場でも、企画の初期段階でもその恩恵は大きい。

問題は、生成そのものではない。"それっぽさ"が、判断を代替してしまうことだ。

本来、画を決めるとは、選ぶことだ。何を強調し、何を捨て、どこに嘘を許し、どこだけは現実に縛られるか。その取捨選択が、ブランドの輪郭をつくる。

でも「もっともらしい正解」が簡単に出てくると、人はその出力を起点にしてしまう。「この方向で良さそう」「既視感はあるけど安全」「一旦これで」安全な合意は早い。けれどその早さは、表現を平均に誘っていく。

AIが加速させたのは、制作ではなく回収だ。あらゆるイメージが"正しさ"へと収束していく。

だから今、必要なのは生成の上手さじゃない。正解に回収される前に、設計を引くことだ。

AIは"それっぽい正解"を無数に出してくる。議論が「どれがいいか」になる前に、「何を残さないか」を決める。捨てる軸が立てば、選択は速くなる。

境界に立つと、何が起きるか

たとえば企画の段階。CGを使う案件で、外部のCGプロに最初から入ってもらうと、当然ながら自分たちの予算を確保したい力学が働く。工数を大きく見積もる方向にも、逆に安全に小さくまとめる方向にも、利害が絡む。それ自体は当然のことだ。

でも結果として、企画が膨らみすぎて「じゃあやめましょう」となるか、予算内に収めた結果クオリティが落ちるか、どちらかに倒れやすい。

僕はCGの工数と人数が読める。だから企画の段階で、「この規模ならこのくらいでできる」「ここを撮影で押さえておけば、合成で成立する」という判断を、利害関係なしに出せる。その一点で、企画が生き残ることがある。

たとえば撮影の現場。カメラマンと並んでロケをしているとき、カメラマンがなぜそのレンズで、そのポジションで、その芝居を撮りたいのかが、同じ目線で理解できる。

だから僕は、ディレクターとしての演出の意見を言いながら、カメラマンの視点を殺さない。理解した上で意見を言うから、会話のレベルが上がる。無駄がない。そして多分、相手もこいつはわかって言っているな、と感じてくれている。

僕が一緒に仕事をする人は、かなりレベルの高いプロだ。職人同士の高め合いを、時間がない現場でもやれる。これは、境界に立っている人間にしかできないことだと思っている。

僕は、境界から始めた

学生の頃、パーソナルコンピューターという「装置」に出会った。アートとテクノロジーが融合し、人間の能力が拡張していく。その熱に浮かされた僕は、Appleの思想に近い何かを信じていた。

写真やデザインは好きだったが、何より映像というメディアでストーリーを伝えることに、狂おしいほどの憧れがあった。コンピューターに出会った時の直感。これを使いこなせば、僕という存在そのものが死ぬまで「更新」されていく。そう信じて、3DCGを習得し、それを武器に新しい表現を切り開いてきた。

CGは、便利な道具じゃなかった。境界を越えて、世界を組み直すための力だった。

「一通りできる」なんて器用な話じゃない。20年間、CGとポストプロ、撮影の現場と経営を担ってきた。それぞれの領域に深く入り込み、第一線のプロと同じ言葉で話せるまで、時間をかけて技術を解体してきた。

「もっともらしさ」を追い求めたのではない。技術を解体することで得られる「思考の体得」「自分だけの設計図」が欲しかったのだ。

20年という時間をかけ、それぞれの土地の思想をようやく体得できたと確信したとき、僕は「TAUMA」という屋号を掲げて独りになった。あらゆる境界線の上に立ち、そこからしか見えない景色を記録するために。

全工程を掌握しているのは、効率のためじゃない。判断の設計を、確実なものにするためだ。

演出家の頭、カメラマンの眼、VFXアーティストの論理。それが一人の中で火花を散らすとき、分業のままでは辿り着けない画が立ち上がる。

異なる技術を、別の文脈で見立て直すことは茶道の「見立て」の感覚に近い。ここで重要なのは、万能感ではない。意図を最後まで通し切るという態度そのものだ。

「それっぽい正解」は、もう安い。だから価値になるのは、正解に回収されないための選択だ。

正解の手前で、判断を立てる。それがTAUMAの仕事だ。

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抽象的なビジョンを、強固な「視覚の構造」へと翻訳する。

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Night sky filled with countless stars and the Milky Way galaxy visible above a dark silhouette of trees.
Young woman in a light dress looking up against a clear blue sky.
Silhouettes of two people on a rocky hill during a colorful sunset with a starry sky.
Hand reaching towards bright sunlight with blurred green foliage in the background.

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