音は、身体を通らないと出ない

Black silhouette of a person holding a heart-shaped balloon.
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音は、身体を通らないと出ない

僕はヴィジュアルを作ることを仕事にしているが、一番最初に芸術活動というものしたのは音楽からだった。

幼い頃から、フルートをやっていた。

なぜフルートだったのかは、ピアノが嫌だったからという訳のわからない部分しか覚えてないけど、幼少の頃から中学末ぐらいまで音楽の世界に少しいたことは、今の自分にかなり影響していると思っている。

僕は正直いって、今でも音楽に憧れている。音は純粋に美しいと思うからだ。

そして、その音の美しさには、身も蓋もない現実がある。

気持ちがあれば、音が出るわけではない。感情を込めたいと思っても、息をつかって上手く金属の筒の中に空気を回して、響かさなければ音は鳴らない。

音楽は、身体を通過した先に、ようやく感情の世界が見えてくる

具体的にはフルートは、唇の形で音をつくる楽器だということだ。

もちろん指も使う。指の動きもなかなか簡単ではない。ただ、バイオリンなどの弦楽器などと比べたらまだやりやすい方だと思う。ボタンの組み合わせとして、構造が決まってるからだ

でも、音そのものは違う。

三オクターブ強の音階を、唇の形、息の角度、口の中の空間、息の速度で出さなければならない。ほんの少し角度が違うだけで音は不安定になるし、唇のやわらかさや形みたいな、自分ではどうにも扱いづらいものが、そのまま音色に出る。

僕はたぶん、身体的にフルートに向いていなかった。

唇の形が悪い(フルートに向いていない)」 幼い頃、先生にそう言われたことがある。フルートは唇のわずかな絞り方で音色を作る楽器だからだ。だが、歯並びや顎の骨格、唇の厚みは生まれ持った個体差であり、努力で変えられるものではない。ここにも、変えられない「身体の壁」が存在する。

クラシック音楽は、ときに万人に対して一律の「正しいフォーム」を要求する。しかし、設計図通りの完璧な骨格を持った人間など存在しない。

ここに壁があった。

優れた演奏家を見ていると、彼らは「教本通りの正しい形」をしているのではなく、自分の歪な身体と楽器が最も美しく響き合う「固有の交差点」を見つけ出していることに今なら気が付く。

身体の限界を知り、諦め、その上で自分のハードウェアをミリ単位で楽器に調律していく。その泥臭い適応のプロセスの先にこそ、あの美しい音が宿る。

当時中学生だった僕は、努力すれば報われる、という話を少しは信じてはいたけど、大学に行きたいなら今、続けるかどうか決断しなさいと先生に言われた。

楽器に向いている唇。息が通る鼻。そういう、本人の意志とは離れた場所にあるものが、壁として立ちはだかる。

才能という言葉は、あまり使いたくない。でも、音楽には確かに才能があると思う。

もっと正確に言えば、身体に向き不向きがある。

同じように練習しているのに、最初の一音から違う人がいる。息が楽器に入った瞬間、もう音の輪郭が違う。無理をしていない。響きが濁らない。身体と楽器のあいだに、余計な摩擦が少ない。

そういう人を見ると、これは才能なんだなと思った。

悔しいというより、諦めに近かった。

自分が足りない、というより、身体がそうできていない。その感じは、なかなか説明しにくい。頑張れば届くものと、頑張っても形そのものを変えない限り届かないものがあって、僕にとってフルートは、少しずつ後者に近づいていった。今は、それを努力で乗り越えることができるから才能だと理解しているけれど。

出た音が、すべて。

どれだけ気持ちを込めても、音にならなければ届かない。どれだけ美しいつもりでいても、音が濁れば濁っている。どれだけ大切に吹いても、響かなければ響いていない。

感情は、音のイメージにはなる。
でも、音そのものにはならない残酷さ。

自分の中には、こう鳴ってほしいという感覚がある。こう響いてほしいというイメージもある。けれど、それがそのまま外に出ていくわけではない。途中に身体があり、呼吸があり、その先に楽器がある。同じ音を、同じ精度で出し続けるための再現性がある。

そのどこかが詰まると、感覚(イメージ)は外に出ていかない。

音は、ビジュアルイメージに比べて感情に届くのが速い。

もちろん正確な比較ではないけれど、自分の体感として、音はかなり直接的に感情を揺さぶることができる。

一音で、空気が変わることがある。

説明も、物語も、文脈もないのに、たったひとつの音が身体の奥に触れて、感情を動かしてしまうことがある。ほとんど暴力に近い力で。

もちろん、良い意味での話。

だからこそ、音は難しい

出た瞬間に、もうそこにある。出てしまった音は変わらない。

フルートをやめたことに、今でも強い後悔があるわけではない。なぜなら、才能がないことを素直に自分で理解できたからだ。

でも、ありがたいのか不幸なのか、音への感覚は残った。

一音で空気が変わること、とその難しさ。音は、説明より先に身体へ深く届くこと。

美しい音は、気持ちだけでは出ない。

その冷たさのようなものを、僕はたぶん、かなり早い時期に知ってしまった。

感覚は、持っているだけでは届かない。
外へ出るまでには、必ず通らなければならない場所がある。

音楽は、その場所を最初に僕に見せてくれたものだった。

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抽象的なビジョンを、強固な「視覚の構造」へと翻訳する。

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