模様だけではなかった

Black silhouette of a person holding a heart-shaped balloon.
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模様だけではなかった

子どもの頃、蝶を採っていた。

祖父の家は標高800メートルくらいの山の中にあって、雑木林を切り開いた、展望台みたいな場所に建っていた。周りに家はほとんどなく、夏になると、そこには驚くほどたくさんの蝶がいた。

からっとした高原の夏だった。夕方になるとよく夕立が来て、雨が上がったあとの森の匂いが好きだった。

土の匂い。葉の匂い。濡れた木の匂い。そういうものが少し冷えた空気の中で混ざっていて、今思い出しても、体のどこかがその場所に戻る感じがある。

静かな場所だった。

ただ、本当に静かだったわけではない。顔の周りにはいつも羽虫がまとわりついていたし、少し離れた森の奥では、何かが動く音がした。昼間は森がつくる影と光のコントラストが強くて、明るい場所と暗い場所の境目が、子どもの目には少し大げさなくらいはっきり見えた。

癒しの場所だった。
でも、普通に危ない場所でもあった。

スズメバチとはいつも戦っていたし、猪に遭ったこともある。雷が鳴ると、本当に気が違えるくらいの音がした。自然はきれいなだけではなく、近づき方を間違えると、普通に命に触れてくる。

小学生の僕にとって、そこは庭のような場所だった。同時に、少しだけ畏怖のある場所でもあった。

その場所で、僕は蝶を採っていた。

不謹慎な話だけれど、夢中だった。蝶を見つけて、追いかけて、網を振る。うまくいく日もあれば、何度やっても逃げられる日もある。発見して、近づいて、捕まえるという行為には、技術もあるし、運もある。

少年だもの。
楽しいに決まっている。

種類を集めるのも楽しかった。翅を広げて、標本箱の中に並べる。美しいものを、自分のものにできる。いま書くと少し残酷だけれど、当時はそういう喜びが確かにあった。

美しいものを見つける。
捕まえる。
並べる。
自分だけのコレクションにする。

それは、かなり強い体験だったと思う。

もちろん、標本にするには蝶を殺さなければならない。そこは楽しい作業ではなかった。胸を押さえて動きを止め、翅を整え、紙に挟んで乾かす。きれいに残すために、生きているものを、生きていない状態にする。

子どもながらに、それが気持ちのいい作業ではないことはわかっていた。

でも、それでもやっていた。
たぶん、それだけ翅の模様に魅せられていたのだと思う。

ある日、標本箱に並んだ蝶を見ていて、少し変だなと思った。

同じ種類の蝶なのに、模様が少し違う。図鑑と見比べても、ぴったり同じではない。これはメスなのか。オスなのか。それとも、少し変わった模様の個体なのか。

最初はたぶん、そのくらいの素朴な疑問だったと思う。

でも、見ているうちに、この模様の部分が少し小さいとか、この線は少し濃いとか、斑点の位置がわずかに違うとか、そういうことがわかってくる。同じように見えていたものが、じつは少しずつ違っている。

子どもだから、美しさとは何か、なんて考えていたわけではない。自然はすごい、と言葉にしていたわけでもない。

ただ、あれ、違うんだ、と思った。

そのことが、妙に面白かった。

標本箱の中で、蝶はもう動かない。
でも、模様だけは静かに違っていた。

その差異を見つける時間が、好きだったのだと思う。

あるとき祖父に、無駄な殺生を繰り返すなと言われた。

怒鳴られたというより、たぶん諭されたのだと思う。その言葉には納得した。きれいなものを見たい。集めたい。残したい。でも、そのために殺し続けることには、子どもながらにどこか引っかかるものがあった。

祖父は、古いカメラをくれた。
OLYMPUS OM-1だった。

カメラ自体に、特別な感動があったわけではない。重いとか、かっこいいとか、そういう記憶もあまりない。ただ、ファインダーを覗いたときに、なるほど、この枠の中が写るんだな、と思った。

最初に撮ろうとしたのは、当然、蝶だった。

でも、うまく撮れなかった。

レンズはたぶん50mmで、蝶を大きく写すにはかなり近づかなければならない。近づけば逃げる。止まってくれない。風が吹けば、草も葉も揺れる。翅の模様だけを残したかったのに、思ったようには写らなかった。

ただ、そこに別の発見があった。

写真に写る蝶は、標本とは違っていた。

翅の模様だけではない。止まっている葉。背景の影。光の向き。その場所の明るさ。そこにいた時間のようなもの。そういうものまで、一緒に写ってしまう。

模様を撮ろうとしていたのに、模様だけではなかった。

それは、標本より良いとか悪いとかではない。
まったく別のものだった。

標本は、美しいものを所有する行為だった。
写真は、美しいものがそこに現れた一瞬を受け取る行為だった。

たぶん、そこから少しずつ、僕は蝶以外のものも撮るようになった。

人。
景色。
物。

最初は翅の模様を見ていたはずだった。

でも、写真には模様だけが写るわけではなかった。光が入る。葉が揺れる。背景が沈む。距離が変わる。その場にいた時間のようなものまで、勝手に入り込んでくる。

僕は、蝶の模様を残したかったのだと思う。

でも写真を撮るうちに、模様を見ていたのではなく、その模様が現れる条件を見ていたのかもしれない、と思うようになった。

標本箱の中では、蝶はもう動かない。
写真の中では、蝶は止まっていても、まだ少しだけ外の世界に触れている。

その違いが、ずっと気になっている。

たぶん、僕の見ることは、そこから始まった。

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抽象的なビジョンを、強固な「視覚の構造」へと翻訳する。

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Night sky filled with countless stars and the Milky Way galaxy visible above a dark silhouette of trees.
Young woman in a light dress looking up against a clear blue sky.
Silhouettes of two people on a rocky hill during a colorful sunset with a starry sky.
Hand reaching towards bright sunlight with blurred green foliage in the background.

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