ハッセルの正方形には、撮るときの体感がある。
構図のセオリーはいくらでもある。三分割、余白、視線誘導。でもそれは写真に"意味"を後付けするための道具であって、写真の正しさとは別の話だと思う。少なくとも、自分にとっては。
昔は、うまく撮ろうとしてばかりいた。余計なことを考えて、上手く見せようとして、撮れた気分になって、客観的に人に見てもらったら何も撮れていない。そういう感じ。
そういう時代にハッセルを持つことになった。最初ぜんぜん撮れなくて、いかに自分が雰囲気を撮っていたか、思い知らされた。ハッセルを持って、ようやく自分が何に反応してシャッターを切っているのか、確認が始まった感じだった。
正方形は、雰囲気に逃げにくい画角だと思う。縦構図の写真よりもさらにストイックな、私はこれを撮ってます、という態度が画面に出る。撮るものがそのまま真ん中に浮かび上がってくる。
適当に考えないで撮影すると悶えるぐらい凡庸な写真になるから、恐ろしい。
あとはファインダー。ハッセルはやはりあのファインダーに価値がある。光を観察するための窓。目で見えるということは、光を見ていることだとわかる。色、素材、形、距離。何に当たって、何が浮かんで、どこに影が落ちるのか。露出計の数値とは別に、世界の明るさを自分の感覚で掴もうと能動的になる。
フィルムも現像も今よりは安かったけど。巻き上げの感触と、シャッターの重さと、撮れる枚数の少なさが、じっくり見る訓練になった。
あのころ正方形と向き合っていた時間が、今も撮り方の芯になっている気がする。
気がする、というくらいのなんとなくの確かさだけど。
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