


110周年という節目は、歴史を語る機会である一方、固定化されたブランド像を再定義する機会でもある。刃物メーカーとしての信頼はすでにある。必要だったのは、その機能を「体験」に変換する視点だった。
機能説明ではなく、感覚への転換。そこが前提だった。

商品を単なる「道具」としてではなく、固有の音色を持つ「楽器」として扱う構成を選択した。コンポーザーとともにスタジオに商品を持ち込み、切る・刻む・削ぐといった動作から得られる音のバリエーションを録音し、サンプリングした実音のみでリズムとメロディを構築している。ジャズバンドとのセッション形式を軸に据え、ナレーションや説明的なコピーを一切排し、音楽体験だけでブランドの多面性を伝える設計とした。機能としての「切れ味」を、生理的な心地よさを伴う音楽的構造へと翻訳する判断である。映像演出は舞台を家庭の日常空間に限定しながら、トーンをミュージカル的な祝祭感へ振り切ることで、「刃物=切る道具」という固定的なイメージを内側から崩している。商品紹介を生活全体の祝祭化へ昇華させ、商品を"見せる"のではなく、商品が"鳴る"ことで存在を証明する構造に。


撮影現場で実際に商品を使用しながら、マイクポジションを細かく調整し、「切る」「刻む」「削ぐ」といった動作から多様な音を収録した。刃物の材質や接触面の違いによる倍音の差まで確認し、スタジオで再録音を重ねている。コンポーザーとともにリズム構造を設計し、得られた生音を単なる効果音としてではなくメロディラインに組み込み、ジャズバンドの演奏と融合させた。映像側は音のアクセントに合わせて1フレーム単位でカットを設計し、家庭の日常空間をミュージカル的な祝祭へと転換している。シズル撮影では刃先の反射角度を細かく制御し、光を立てすぎず、質感を過度に誇張しない。切れ味を誇示するのではなく、音と動作の中で自然に立ち上げる設計である。物理的な音がジャズのビートと重なった瞬間、無機質な日用品はブランドの意志を宿した装置へと昇華される。リズムは作れる。だが、嘘の音は残る。

「刃物=切るもの」という固定的なブランド認識を越え、生活を彩る「音」と「楽しさ」を想起させる新たなブランドトーンを確立した。企業広告にありがちな説明性を排し、機能を語るのではなく体験に変換したことで、情報の解釈を限定させない豊かな浸透を実現している。音という構造を通じてブランドの歴史を現在に接続し、110周年にふさわしい品格を保ちながら、日用品に新鮮な文脈を与えるアプローチとして機能した。Productを素材にし、Structureで組み、Craftで鳴らす。技術と感情を同時に設計するディレクションであり、持続的な価値を持つビジュアル資産として評価を得ている。
























